昭和五十四年六月三日 朝の御理解
御理解 第九十三節 「氏子は神の守をして居る者を神と心得て参詣する守が留守な ら参詣した氏子は今日は御留守ぢゃと言はうが神の前をあけ て置く事は出来ぬ萬時に行届いた信心をせよ常平生心にかみ は皆同じやうに神の氏子ぢゃによって見下したりきたながっ たりしてはならぬぞ」 これは、私はいつも実感するんですけれども、人間の見た目と、神様の御覧になる目はちがうということです。
先日も、もう一週間位前だったでしょうか、おしらせ頂いたんですけれども、『目鼻立ちで人を見るな』という事を頂いたんです。ね。
「何か人物がよさそうな、まあ顔に品がないとか、品があるとかと、いったようなね、ことで人間を見るな。」と、いったような事を頂いたんですけれども、私共はややもすると、まず、その人の人相とかね、態度とか。
人相がよかと、中までよかろうごたるふうに見えたりもする。ところが、実際そうぢゃないです。
例えば、泥棒とか殺人犯とか、と、いうごたるとが、もう本当に、これは殺人犯のごたる顔しとる、というともおりますけれども、中にはこえらしいとがおるでしょうが、だからね、人間は見た目ぢゃわからんです。
目鼻立ちで人を見るな、と、神様から頂いた事があるんですけれども、本当に、だからこちらが信心になっておかんとやりそこなうです。
あ、この人は、と、例えば、こんな人がと、こう思っておる人が、例えば、信心をどんどんどんどんすすめてよい信心を頂いていく人があるし、また、あ、この人は仲々人物もよさそうだし、格服もよいし、まあ言うなら目鼻立ちもいいし、こげな人が信心されるならいい信者ができるだろう、と、例えば思いよるとがね、もう、ほんな見かけばかりでちょっとした信心でやめていく、というような人もあるです。
だから、人間はその身なりとか、目鼻立ちやらでは決められない。
これは本当に心が信心に、だからなっとかんといかんです。この、ご理解は勿論、お取次をする教師に対するご理解だろうとおもうのですよね。
初めのところに、「お広前をあけてはならん。」というような、「守が留守なら、今日は神様はお留守ぢゃた、というふうに言おうが。」と、仰っとられます。ですから、これはお取次に専念させて頂く教師に対する、ま、ご理解だと思うのですけれども、これは、教師だけの事ではない、今申しますように、人を見下したり、または、わけもなしに見上げたり、と言うのぢゃなくてね、結局、私共が信心の眼をもって見なければならない、という事なんです。
私は今朝方お夢を頂いたんです。『それが韓国の人です。昔は朝鮮人と言ってましたですね。韓国の人が親子三人でやってきてるんです。もう身なりもお粗末な格好をして、しかも何かあつかましいような感じの人で、何か用件がありそうにして来ておって、「実は、おなかがすいたから、ごはん食べにきとる。」と、いう感じなのです。それで、私は家内に。「冷ごはんでよかたい、ごはんを出してあげなさい。」ち、言うたら、「あ、んなら、いっちょよばれようか。」ち、言うて親子三人でごはんを頂くとです。それけん、「これの方は。」と私が言うたら、「あ、もう冷でいいですから。」と、こういうわけです、お酒のことです。「冷で、んなら一杯頂きましょうか。」ち、言うて、とてもあつかましいです。けど、あつかましい男ぢゃあるな、しかも日本語と朝鮮語の半々に使っとるような感じの夫婦で親子三人です。そして、私が思いよることが、ま、今日のご理解ぢゃないけれどもね、「はあ、この人はここにままになりげ来とるとだなあ。」と御理解ふうに感じよるわけですよ。ね。
「御飯食べでなくて、ままになりに来とるとぢゃと。」それで、相手は御飯とお神酒を頂きながら、私は手前の方で椅子に腰かけてでしたけど、腰かけてから信心の話をさせて頂いとりましたら、その、家内と二人で話しよるとです。「こげな信心なら、朝鮮でするなら、はやるかん知れんばい。」ち、その夫婦で話しよんなさるとですたいね。
それで私は、「ははあ、この人達が、なら、ここで修行をして、ままになるおかげをこの人達が頂いて、韓国に帰って金光教の布教でもされるなら、あらたな道が朝鮮に韓国に広がるな。」と、私は思ってるところでした。
したら、その人が言いよる、「金光さんちゃ何かおキツネんのごたるけん、合楽教の方がよかろ。」ち、言うちから嫁さんと話しよるとです。ね。』 私は、そんなお夢を今朝方から頂いて、今日、ここん所を頂かせて頂いたんですけれども、「どうした、あつかましか奴ぢゃろか、と、始めからそういうふうな、で、御飯も出さん、何しげ来たとの、早う帰らんの。」ち、いうごたるふうだったら、そういう、例えば、「よし、きっかけができるかもわからない、韓国布教が出来るような事にもなるかもわからん。そのきっかけをくずしてしまう事になるな。」と、私は思うておったらこの、なら、人間を見下したり、もう、これは確かにそうです。こんな人がと言うのが、段々お役に立つ信心、また、よい信心をしていくと言うような例えはいくらもあります。ね。これはもう確かにそうです。
もう亡くなりましたけども、古賀先生の時には、も、本当に棒にも箸にもかからんような、あんな病人の状態をしかも親子でねぇ、当時の椛目に引き受けたんですけれども、あれがとても、それこそ一週間ばっかりして善導寺の香月さんというお医者さんが見えられましてから、「大坪先生、早う熊本の方の人ならば熊本に早う帰しなさらにゃ、こちらに御迷惑がかかるような事になりますよ。」と、言うて帰られた位でした。
それでも。まあおかげ頂いて、二年間修行させとるうちに古賀さん関係の人がね、所謂、今の竹内先生なんかも古賀さんの、言うならば導きというわけでもなかったけれども、話を聞いてやっぱ見えたんです。そして熊本地区に佐賀地区に、伊万里地区に繁昌のおかげを頂いておるのも、私が古賀先生を始めから受けつけなかったらね、今日の佐賀、熊本に道はひらけなかっただろう、と、こう思うでう。
今日、私がお夢に頂いたその韓国人の親子三人のそれとてもです、夢の中でそれをやっぱ感じずにはおられません。ね。どこに、言うならば宝があるやらわかりません。
もう、その宝さがしなんかというものは、決してね、もう目の前にギラギラ光ふうにして置いちゃない。もう人が扱おうごつないごたるものを、下の方にかくしてあったりするようなもんヂャないかと思うですね。同時に、私は最初のところにね、「氏子は神の守をしておる者を心得て参詣する。」と言うけれども、神と心得られない先生が沢山できた事ですね。どんな馬鹿の先生が座っとっても、ここには金光大神の手代りをするのぢゃから、もう神様として頂けとは教えられるけれども、どげん神様と頂こうと思っても、神様として頂けない取次者が増えたということです。これは、取次者として本当に大きな、言うなら、我取次者としての自覚が出来なければいけないと思うのですけれども、ね、段々信心手篤う出来てくると、合楽の皆さんは、言うなら皆さんの信心が出来てくればくるほどに、神と心得てお参りをしてくるようになりますですね。
「神と心得る。」という生き方にならんと、言うならここで言う親先生任せになれませんものね。
親先生が、もし只の人間であったら、ね、「只の人間の言うことは、そんなにいちいち信用されん。」と、いうことになりましょう、ね。けども信心ができる、自分で自分の心が拝めれるように段々なる稽古を、皆さんがしておられるから、誰を見ても神様の、神の氏子として見ることができる。
とりわけ御結界奉仕をしておる人を、金光大神の手代わりとして頂くことになる。だから、先生まかせ、親先生まかせで行けれるわけなんです。
だから、そういう所をもっともっと厳密に、果たしてそういうふうに頂いておるけれども、そのシンのところがね、果たして神の言う事として、なら合楽の御理解。
私、昨日一昨日、もうたまがってしまいましたが、此頃から五、六人の先生が、私がここ三十年間お話をしてきておる御理解、それからお話をしておるテープが全部そのままとってあるんです。だから、それの整理にかかった。それで昨日一昨日、それが出来あがった。全部きれいに荷造りして、もう何年の何月のテープはこれ、と言うふうに、もうとにかく、ここいっぱいありましたよ、高く積んで、もうおどろくばかりでした。
「ほうこれが全部私がお話をしたものかと、これはお釈迦さんでんキリスト教でん勝たんぞ。」と、私は思いました。ね。例えば、キリスト教でいう聖書なんかでも、言うならばキリストの言行緑です。言うたり行うたりしてることが、書き止めてあるのが、あのバイブルです。お釈迦様がお説教なさったそのお説教が、全部経文になっておるんです。
ここで説いておるご理解が全部、だから、私は聖書として教典として教えとして、いよいよ金光大神の教えは、言うならばこれだけのこと。ね、教典に現れておる、最近は金光大神の言われる、教えられた事が沢山出て来よりますけれども、大体、教典はこれだけなんです。だから三十年間私は、この教典だけからご理解頂てるんです。そして説いても話しても尽きないです、毎日毎日、同じ話がないでしょうが。
まあようこれは、勿論私がとっておけと言うたわけでもないけれども、私の話を書いておけと言うたわけでもない、もう、しかも、それだけのテープがづうっと、ね、お供えが来ておるということですよ、第一たまがることは。
もう、あんまりここには参って来ませんけれども、テープだけのお供えはちゃんとするんです。あの杉山さんち言うてから、秋永先生の家内の弟がおりましょうが、テープをこの人がいつもお供えをするです。それもね、ここんところ、この通りいっぱいあるですよ、ここ真ン中位まで積んでから。こんなに何だろか、と、言おうごたる。きれいにまあ、防虫済とか、音が変わらないようにとか、という、いろんな手を入れて、そして今度あちらに会館が出来たら、そこにそういうようなものを全部収める部屋が出来ます。ね。
それで、これからまた、その先生方で合楽史の編さんがなされるようになってます。ね。だから、とにかく言うならば、合楽のまあ宝であり聖典である、と、いうことになるでしょう。それが引いては教団の聖典にもならなければならないと思う。
教祖の神様の御教えを、これだけ広く深く説いて明かそうとしているのが、合楽理念でもありますし、合楽の信心なんですよ。ね。そういう話を、なら毎日皆さん、こやって聞いて下さっておる。もう、これを見ただけでも、「これは親先生の話ぢゃないな、これは神様の智恵によるお話ぢゃあるな。」と、いうことが段々実感が出来てくるようになる。だから皆さん、言うならば、私の言うことを、神様の言うこととしてきけるように、段々なってくるのぢゃないでしょうか。それも皆さんに、信がうすかったら、それはそういうふうには頂けません。
信心が出来てくればくるほどに、本当の事がわかってくればくるほどに、親先生、即神様として頂けるようになってくるおかげを頂かなければ、おかげにならんのです。ね。
昨日、四時の御祈念を終わらせて頂きましたら、佐田先生の叔父さんという方が、どこか中近畿の方にお住まいになっておられます。
もう、とにかく大変合楽フアンの方で、中近畿で私の話を聞いて下さって以来、もう熱心にここのいろんな、言うなら勉強なさって、先日からお手紙も参っておりましたが、昨日参拝して見えられました。それでもう、昨夜は、箱崎教会ですから箱崎教会に泊まらせて頂いて、そういう御本を私共の教会では読ませてもらえませんからと言うて、あちらの親先生が此頃の講演会ではなくて、私共の座談とか対談とかというようなのが、本にまとめてあるのが本部から、今度出来てきとります。「それを箱崎教会長から借りて、夕べ一晩中それを夜みふけらせて頂いて有難い、もう本当に有難いと思いました。」と、言うて昨日は言うておらました。ね。
それで、丁度御祈念から退がらせて頂きましたら、その方が参って見えておられて、「実は私の家内が、もうとにかく医者ではわからない病気にかかってる。」。
面白い病気がありますねぇ。頭の脳みそがたぎってくるそうです。
そんなに。だからもう、それがね、脳みそがたぎってくるとね、もう、とにかく何かハンマーで頭を叩かれたような衝激と同時にたおれなさるそうです。いろいろと手当てもなさっている。ね。その、私はお取次させて頂いて、私が四時の御祈念で、四時の御祈念が終って頂いた時の事を、昨日は聞いて頂きました。昨日お手紙が来ておる。こういうお手紙です、それこそ。私を神様のように、いんやもう神様と思うて参ってくる方達なんですけれども、このグループはもう親先生ぢゃなかもん、親神様と書いてある。
「日々御神勤有難うございます。まことに親神様により おかばいにおかばいを頂きまして安心して過ごさせて頂いて おります。厚くあつく御礼申上げさせてもらいます。
五月には国金の借入金○○○の金額を本年九月まで のを四ケ月も早く返済さして頂くことができましてまことに 有難く厚く御礼を申さして頂きます。
銀行は引きつづき ならばすぐに出ますよ、と申してくれ ますが 如何いたしたらよろしいでしょうか、と、次にケ條書きでお伺いがしてございます。
その金を借りて合楽建設費としてお供さして頂きたい。
また次は、借りて現在の家に二階にさして頂き 共例会場として神様を奉斉させて頂くこと。
次にはいろいろ書いてございますけれども、次には大変色々とおかげ頂いたことを書いてございますが、問題はこの二つのことですよ。
ね。
おかげで銀行の返済が四月も早く返済することが出来た。それで銀行は、もうこのまま、また借って下さっていいですよ、と、こう言われる。だから、それを借ろうか借るまいか、というお伺い。
次は、その金を借って、そのまま合楽建設の御造営費にさせて頂こうか、または、自分ところには段々人が集って来ておかげを頂いておりますから、二階を造って共例場にしたい。神様を奉斉したいと、どれを取らせて頂いたがよかろうか、というお伺いの手紙でした。
それで四時の御祈念の時、その事をお伺いさせて頂いたら杷木の杷という字を、ね、木偏に巴(ともえ)という字が書いてあるでしょ、ね。木は心、心がね、三つ巴にどれを取ったが本当かと、心に所謂、迷っておられるわけです。けども、こういう迷いは素晴らしいですね。どれを取っても、それこそどれを取っても値打品ですのうや。
共例場を造ろうか、それともそのまま合楽建設のお供えさせて頂こうか。そこには、その方の信心の決心がありありと、ここに見えるわけです。 親先生が建設費がよかばい、と言うたら、ハイ、と言うて、そのままお供えする腹が出来てくるわけです。ね。それで、私はそのことを神様にお届けさせて頂いたら、今言うように、心が三つ巴にこうやってしとる。そして頂くことがですね、『巴御前』と頂きました。
皆さん知っとられますか、板額とか巴とか言うてね、もうそれこそ女傑ですよね。女の非常に武勇のすぐれた人です。巴御前という方は。
それこそ男まさりの力持ちの方です。その方は、この手紙は女の方です、ね。ですから、それこそ女ながらも男に勝るような力が頂けるということでしょう、ね。皆さん、私はこの事を頂いてです、例えば、こと神様のことにです、決心がついた時には、もうこれはお供えすることもいらなければ、何もいらん感じですね。そんな場合がありますよ。私共も、ま、言うなら、おためし的のようなものを以前によく頂きました。ね。
神様が親の生命はないと仰った。もう私はびっくりした、もうそれこそ、この親に孝行したいばっかりに一生懸命信心させて頂いておるのに、今、親が死んだらもう目も当てられん。
だから、「神様助けて下さい。」と、お願いしたら、その引き当を出せと、だから、なら、当時子供が三人か四人かおりました。
椛目時代ですから、だから、「なら、どの子をさい出すか。」と、こう言われたから、「さあ、子供をここに何人か置て、ならこの子ば殺して下さい。」とは、親として言うことはできませんね。どうれも、それこそ、 “うるさいと思えど いる子ばかりなり”ですから。
なら、これは、「長男から殺して下さい、弟から殺して下さい。」、そりゃ言われんです。
もうそれは、もう神様との対決、もう一生懸命でした。だから、どの子とは思われませんから、「神様、あなたのよいとから引きあげて下さい。」と、言うて、私はお願いをした事がございました。
そしたら、その時分に、三球ですかね。三球のラジオがね、六球か八球か、たくさんの、程度の高いラジオを頂いたんです。もう世界中のものが聞こえる、と、いったようなラジオなんです、だからそれは、おためしぢゃったわけ、ね。
神様は、親も取りあげなさらんぢゃった、子供も取り上げなさらんかった。その決心が出来た時にです、神様は、言うならば、「日本中しか聞こえなかったのが、世界中のものが聞こえる程しの、言うなら力を下さった。」と、いうことになるでしょう。これなんかは、それと同じですよ。
もう、お伺いするからには、親先生が建設費と言われたら、「ハイ」と、出せれる決心が出来ているんですから。ね。
なるほど、所謂、「巴御前であるな。」と、私は思わせてもらいました。ね。男まさりの力を頂くという、ね。
こういうふうに、致って参りますとです、例へば、んなら、親先生を、それこそ神様として頂かなければ、そういう決心もつきませんわけですね。けど、んなら、親先生を信じておるようであってもです、ね。なら、まだ、この方のようなところまでは、信じ切れないという人が、実を言うたら殆どぢゃないでしょうか。
自分の都合のよかときは、親先生まかせと言いよるけれどもね、けれども、そうではない場合もありましょうけれども、これはここんところを、一番初めのところをです、「氏子は取次ぐ者を神と心得て参詣してくる。」と、こう仰ってるわけです。
今日はその中からです、所謂、最後と初めのところからヒントを得て、今日私が頂いたお夢のこと、ね。もう、どこにどういう宝がかくされておるやら、どの人が自分のためになってくれるかわからない。
所謂、目鼻だちぢゃわからない、いかに こちらが信心になっておかなければならないか、ということと同時に、ね。それこそ、 氏子は取次ぐ者を神と心得て参ってくるのでるから、神と心得れるために、皆さんの信心が一段と進まなければ、我が心が拝めれるごつなってくると、言うなら馬鹿先生が坐っとっても、それを神として頂くことが出来るようになるです、と同時に、なら、ここに坐る先生もまた、それこそ生神をめざしての精進がなされなきゃならないと、いことでございます。そして同時に、それによってヒントを頂くということは、「徳を、おかげを受けるぢゃなくて、おかげの受けられるチャンスにしなければいけませんよ。」と、昨日、佐田先生のお父さんに聞いて頂いたんです。
だから、医者が病名がわからんとか、脳天がたぎるとか、そういうその病気、それこそ神様の特別のお働きを頂いておる、その方が言っておられました。
「合楽の信心を段々頂くようになりましたら、此頃私の家でおいさみをいただきます。その家内の事をお願いしよって三回も大きなおいさみを頂いた。」、「だから、そういうまちがいのないお働きを頂いておるのだから、医者やら薬やら言わずに、これで力が頂けるんだ、おかげを頂いただけぢゃつまらん、ね。その事を通して力を頂くために決心しなさい。それこそ巴板額ぢゃないけれども、ね、言うなら、決心ができたところに神様は力を下さる、お徳を下さるんですよ。」と、言うてお取次させて頂いた事でした。
「 どうぞ 」